生きる意味及び意義とは何ですか?(中略)→(結論)ヒト・人間・人類は消失、滅亡、絶滅すべき(続き-2

(前記よりの続きです)
 
 
 
 
斯様な事を、不器用この上なく具申する私という者に就いて。
「何を気宇壮大な事を…!」「誇大妄想か?」「一愚民の分際で何を生意気な…!」との思いも御在りで御座いましょう。
(そんな事すらも重々自認はして御座います。)
しかし敢えて申し上げます。
少なくとも私の人生は一回きりしか保証されていない、という事を。
即ち、スケールの大き過ぎる夢物語であろうと、何とかこの与えられた一度だけのチャンスに、我が本懐を遂げねばならぬという事です。
(※註。
上記から類推~邪推して、何か物騒な事をしでかすのでは、とかの誤解或いは曲解はしないで戴きたいもので御座います。)
私自身の問題としてのみならず他の方々にも言える事と思いますが、個別事象に逐一いちいち拘泥しているようでは、命がいくつあってもとても足りやしない事は自明な事でありましょう。
世界-社会に溢れる、膨大な些細な事象諸々にとらわれていては、限られた人生(人生ゲーム)という制限時間-タイムリミットの冗費、であるに相違ない筈。
あれもこれもに、構っていようものなら-関わりを持とうとすれば、瑣末な事への執着の連鎖ばかりですべてが終わってしまう…。
(無残な「バッドエンド」、むなしき「ゲームオーバー」…。)
由って、可能な限り挙動の無駄を省いて、情報受容摂取や自身入力や自己発信などに於いて、出来るだけ適切な当該種類の取捨選別を要求される事は必定の理でありましょう。
(世の中に山積している-し続ける、「ナゼ?何故?」「謎」の類いへ積極的に関わりをもち、思索や問題解決処理に励む事。
或いは、多種多様な因果関係の究明に勤しみ明け暮れる事。
これらを、過剰多大に~すべてに於いて、我が一身に背負う-抱え込むような事をしてしまったら、全く一向にきりが無い……、これは考えるまでも無く当然である事とは思いませんか?
ただ何となく生きて、ハイ、それで終り…。
それでも良いのですか…?)
判じ得易いよく似た具体的例としては、いわば、ハードル走競技のテクニックのようなイメージでしょうか?
即ち、障害物を跳び越える際に、ただ高いだけの跳躍では非ずに、出来るだけ最小限の飛躍を以てして、スタミナ-体力の温存節約及びタイムの縮減を、用意周到に計る-打算するという感じの…。
「万骨」として枯れ果て埋没する事無く、如何に首尾よく自己実現を完遂させるか。
すべてはおのれの技量次第…。
ところで尚、衒奇趣味に基づく無責任な軽々しい気まぐれや、ガセネタ(を)スキャタリング本位での所思表明でもないし、私自身が不断からそれを地で行く人間であるという訳でも御座いません。
個人的には私自身に、自己顕示欲求や他者による自己承認願望が存する事は、どうしても否定は出来ません…。
しかし敢えて申し上げたいのですが、私のそれは決して、いわゆる興味本位とか(享楽的な)趣味とか金銭的経済的利得営利欲求とかの意味合いで、意見・主張の提起・運動をしているわけでは無い事です。
表現に難航しますが、苦行・執念・ノルマ的作業感覚・義務感・緊迫感・絶望感・使命感(バカみたいですか?)をもって臨む…とかそんなニュアンスで取り組んでおります次第です。
ふざけ-面白-遊び半分などでは断じて御座いません、これでも「真剣勝負」でやっているつもりなのです…。
深刻な状況を鑑みての私の個人的な想いを緊急性を以て伝えなくてはならない、という責務(?)を痛切に感じるからこそ、敢えて自己顕示をするので御座います…。
由りまして、歓喜の情・幸福感・快楽感-悦楽感・充実感-充足感・カタルシスとかいったものとは、およそ縁遠いものであり殆ど楽しくなんか無いです…。
むしろ、気持ちが著しく塞ぎ、落ち込み、暗澹として、滞り、進退窮まるといったところで、もがき喘いでいます…。
「希望の光」や将来への明るい展望-期待、などは全く見えて来はしません…。
常に強い抑鬱感情・閉塞の念に苛まれておりますのが実情で御座います…。
(例えばですが貴方は、社会生活において、何かしらの、よからぬ邪悪な得体の知れぬ、支配・抑圧・拘束・統制・捕縛を被っている(将来被る事になる)ような茫漠とした憂慮-憂鬱の感覚-情念みたいなものは、御感じになったりはしませんか?)
更には、無力感から由来する自己嫌悪の念の積もり積もる事甚だし…。
(これに付随して内心に於いて、(私の言うところの)「他者」をなんら救う事の出来ていない厳然たる事実を踏まえ、苛立ち・良心の呵責・罪悪感も当然の事ながら日増しに膨張してきているのは御判りで御座いましょうか…。)
然しあれやこれやと、考えあぐねる事を幾たびも繰り返し、思いを致した挙句、次のように(暫定的に?)自己納得するようになりましたので御座います。
即ちそれは、抑鬱状態でいる事の方が「まとも」であり、むしろ平然-平素-平気の風情をしている図太い神経の持ち主のほうこそがおかしいのではないか、と(いささかの自信を以て)考えるようになりました次第です。
(この事は、せいぜいが悪しき妥協の産物・開き直り・居直りにしか過ぎぬ、のでありましょうか?)
何しろ、世の中というものは、不安・心配・不快・不平不満の念・抑鬱感情を惹起する事象のオンパレードでありますし、絶えず様々色々な苦悩すべき問題・ストレッサー・難問-難題を我々に投げ掛けてきます。
そして暗黙裡に、打開策を講じよ、解決処理をせよと要求してきているようでもあります。
謎解きの輪の中に、それとなく誘導しているようにも見えます。
これをきちんと((殆ど)完璧さを以て)解決・整理出来ている人の方がある意味で、異常(者)の様に思えるのですが…。
(それとも、世の人ほぼ全員が、三面六臂の如くの活躍を見せる「超人」「神業の使い手」という事ですか?)
快活さ・充実感・充足感・自信に満ちた感情・(真の)自尊心、をもって生きよ、というほうが時代背景などを鑑みましても、もはや無理があるのではないのでしょうか…?
 
 
 
 
「他人の好奇趣味・猟奇心を煽る様なキャッチーさを狙った、扇情目的、或いは、「目立ちたがり屋」本位-根性などとも、とられかねない-誤解or曲解されかねぬ、テーマ・提題及びその内容に就いて…。」
滅亡・消失のススメなど感情的になるのは判らぬでもないです。
「何という不謹慎な事を…!」と。
然し冷静になって考えてみて下さい…。
肝腎かなめの「生きる意義」を、ないがしろ・なおざりにして、解明無くして、の「生」は所詮は惰性に過ぎぬという事を。
解明が未然であるのに、それを通り越して-飛躍して-超越して-すっ飛ばして、いるようではこの人間社会というものは幻想-虚飾の産物に過ぎぬことを意味しはしまいか?
(逆に言えば、基礎在ってはじめての「社会」「法規律」「政治」「経済」「共同体・帰属対象」「諸知学識体系」「産業」…等々の創出・派生となる筈では?)
ところで当案件を(これに限らない事ですが…)、先入観念・固定化且つ形骸化してしまった考え方・様々な形式的になってしまった方法論諸々・スキーマ・ヒューリスティック依存・ルーティン思考・パラダイム信仰・…、等々を前提とする前に、ふと・ひとたび立ち止まって、落ち着いて冷静に、これらをそもそもの根底から疑ってみる懐疑的な態度で、思考察をして頂きたいのです。
例えば、人間-ヒト中心思想や全人類至上主義に就いて、
「「全世界人類教」という名の宗教集団-団体・宗教的なものに、洗脳された-受洗を被っているのだろうか…?教化されたのだろうか…?」、
或いは「(自分は)集団妄想にとりつかれた一員であるのか…?」と考えてみるとか、
「思い込みへの囚われ」を検討するとか、
「初歩的な手品のトリックのようなものに引っ掛かっているのではないのか?」とうたがってみるとか…etc.。
以上の挙例やそれ以外等々を出来得る限り充全に鑑みた上で、自身の本来の主体的な思考方法が縛られているのかも知れない…、と随時考え直してみるのはどうでしょうか?
(私は(もはや月並みな文言内容かも知れませんが…)「ひとたび・ふと、立ち止まって落ち着いて冷静にものごとを考えてみる事」の重要性を猶も提起したいのです。)
 
 
 
 
「多種多様多元多極各人各様に存在する「現実」という概念に就いての戸惑い…。」
(その一つの例です…。)
形而上学的領域(?)・マスメディア系・(特に)文語的形式で表現をする世界、などで語られている「現実」と、身近な余りに平素過ぎる-平和安穏無事(?)に過ぎゆく(ように見える)日常の「現実」との、その圧倒的なギャップ・ずれ・差異に戸惑う-迷妄的になってしまう人々が大部分ではないでしょうか…。
私も御多分に漏れぬそのひとりですが、手掛かりとして「確からしさ」から鑑みるに、両者はやはりどこかでつながっている-相通じている…。
であるならば、これを「別世界」「異次元」「他空間」「特別事象」の事として切り離して、自己を納得させ割り切ってしまうのは、それこそ「現実逃避」している事に他ならないのではないでしょうか?
 
 
 
 
「「信頼関係」が基礎・根幹・前提である筈の人間社会で、あろう事か「人間不信」を示唆的・婉曲的に「教養」として刷り込み・教え込み、教え込まれ-身に付け、ることの本末転倒さ、そしてその事がごく自然な常識として定着しつつあること。」
これでは、もう既にその社会はみかけ-かたちだけのものであり、その内実-実相は破綻-崩壊してはいやしませんか?
常に鋭敏に四方八方に間断無く警戒センサーを張り巡らさねばならない、油断も隙も無い世相。
いついかなる時でも神経を研ぎ澄まさせておかざるを得ない(交感神経(を)働かせ続け、の状態)、否応の無い神経戦-頭脳戦を強いられる…。
周り中が、トラップ・罠・敵だらけで一寸先は闇の緊張感に満ち満ちた冷酷非情な世界像。
そして、相互の腹の探り合いや、騙し欺く事・騙され欺かれる事が既定の前提となった社会。
そこで、このような過酷な環境に於いては、巧みに生き残るために知識偏重という事が、いよいよ過大評価され続けて行く…(のでは?)。
(場を精神世界に移行しての「戦争」でしょうか…?
おおかたは、(何らか各種の)知学識(系)という「武器」を、持って-持たされて、「(重)武装」をし、社会という「戦場」へ、駆り出して行く-駆り出されて行く…、といったイメージの。)
これが人類社会の、遠い過去からようやくにして到達し得てきた答え(ヒト社会の導き出した最終結論?限界点?)だったとでもいうのでしょうか…?
こうした情勢-趨勢に対し、なにかの非常にいびつなものを感じるのは私だけですか…?
気のせいでしょうか?
 
 
 
 
(「ところで…」
私の言わんとしている事は何(の領域)に分類されるのだろう?
然し、この際どう呼称されようが構わない-余り気にしたりはしない。
この場合に於いて、形式・様式・名義・分類項目名称、等はさして重要性をもたない。
内実・私の思い-考え、が伝わればそれでいい。
私は私なのだから…。)
 
 
(齢38歳の際の作。日本人)
 

この記事へのコメント

Hanna
2018年10月27日 10:59
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